2008年04月10日

【江原スピリチュアルの大嘘を暴く】について

私は、人は物質的なことだけで生きるものではないと考えています。
精神世界を持っていて当たり前だと思うのです。
ですが、昨今のスピリチュアルばやりは、どうもオカルトとの境目が曖昧なところが問題だと感じています。

私が考えるスピリチュアルとは「絆」です。自分以外の人間も含めた絆、つながりの中で、命をつないで生きていく存在としての人間を考えるとき、自分だけが得をすればそれで良いという「エゴ」に従うだけではなく、もう一段高い視点を持つことができるという意味で、スピリチュアルは大事だと思っています。

スピリチュアルに傾倒している人に対して、しかし私は懐疑的な目を向けている部分があります。まず、主観だけでものを言ってしまっているということです。

たとえば、オーラが見えるというひとつのことをとっても、色々な説明の仕方があるわけです。実はオーラのエネルギーなんて信じていない私にも、オーラのように人の後ろに色や雰囲気が見えるときがあります。

NLP(神経言語プログラミング)という実践心理学の考え方によると、人間は見たものをそのまま記憶しているのではなく、そこに「印象」を付加して記憶しているのだそうです。これを「サブモダリティー」と呼びます。

楽しいことは明るい背景と共に記憶していて、辛い記憶は暗い背景と共に記憶していることが多いのです。これは個人差がありますのですべての人がそうだというわけではありません。人それぞれの「印象」の記憶方法があるのです。

オーラが見えるというのは、他人の感情や持っている雰囲気を視覚のサブモダリティーによって表現する能力が高いと解釈することができます。

オーラが見えるという言い方をする人は、このようにNLPで説明がついてしまう出来事を、「オーラであると説明する方が合理的」である理由を言う必要があると私は考えます。

もちろん、こういった議論があることは承知の上で、感覚的なことを比喩として表現するために「オーラ」という言い方をするのなら、それは文学的表現ということでいいのかもしれません。実際私も「暗いオーラをしょっている人」などの言い回しをすることはあります。

スピリチュアルを標榜する人は、どうか、オカルトの方へ足を踏み外さないでほしいと切に願います。

科学とは「方法論」であり、スピリチュアルと対立する概念ではなく、客観的に物事を説明するために、色々な仮説同士を比較検証し、よりシンプルで汎用的な説明を探すための普遍的な方法なのですから。
posted by あづま at 20:51| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
”NLPで説明がついてしまう出来事”
これもまた、主観的であるように思いますが、どうでしょうか?
批判するに充分な説明とは思えません。
Posted by すだぢぃ at 2008年06月20日 13:46
すだぢぃさん

コメントありがとうございます。
科学というのは、何通りの説明の仕方の候補があるものです。
・オーラである(という仮説)
・サブモダリティーである(という仮説)
仮説の段階では、おっしゃるとおり、主観と言えるかもしれません。

オーラであるという説明が合理的である証拠
サブモダリティーという説明が合理的である証拠
これらを集め、どちらがより合理的であるか、比較する必要があります。

「オーラである」と言い切るためには、複数の証拠から、
「オーラが存在する」と言わなければなりませんが、
特定の人にしか見えないのであれば、証拠になりません。
科学という「客観性」を重視する立場からすると、そうなのです。
また、ほかの人が見て、別の色に見えたりしたら、これもまた、
客観性について、疑義があると言うことです。

科学的に言えば、江原さんが「オーラだ」と言ったものは、
「江原さんにとって、オーラに見えたもの」
とは言えますが、
「オーラだ」とは言えないわけです。


私が書いたことは、
「江原さんにとって、オーラに見えたもの」は、
「江原さんが、相手の感情などを敏感に感じ取って、
 オーラのように心の中で(無意識に)表現された
 『サブモダリティー』ではないか」
と言っているのです。

これが本当に正しいかどうかは分かりません。

NLPでは、人は、目の前に存在しないものを見ることが
ある、という考え方があります。想像したものが現実のよ
うに見えることがある、ということです。
これは、「赤いリンゴを想像して下さい」と言われたとき
に誰もが経験していることです。


なお、補足しますと、
科学の立場から言えば、ということを強調している背景には、
科学の立場を超えた立場があるからです。

「神は存在するか」という問いなどは、科学的に説明不可能
だと思います。

こうした問いに答える分野を「形而上学」と言います。

科学で全てが説明できるわけではないのです。


だからこそ、
スピリチュアルを標榜する人には、
科学で簡単に説明が付くことを、さもありがたみがあるよ
うに説明する、えせスピリチュアルではなく、
科学で説明の付かない、科学を超えた部分にとり組んで
頂きたいと思っているのです。

科学が万能だと言いたいのではありません。

科学は、万能ではない、意外に限界が低い。

でも、その科学で説明できる程度のレベルのことを、
ありがたがっている浅いスピリチュアルの人が多いので、
もっとしっかりしてほしい、そう思っているのです。
Posted by あづま at 2008年06月26日 12:01
回答ありがとうございます。

私は、オーラ云々に関しても、科学についても
あづまさんと同じような見解・立場なんですよ。

「江原スピリチュアルの大嘘を暴く」というタイトルに惹かれて
大嘘と断定する証拠が示されると思って読み進めたら、
”NLPの可能性が考えられる”というだけの内容だったので
欲求不満を感じたということです。
もうちょっと控えめな表現のタイトルなら
何もコメントしなかったと思います。

Posted by すだぢぃ at 2008年07月01日 14:01
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